在米日系企業におけるアメリカでの給与計算(ペイロール)について、内部統制の観点から考えられる機会が少ないように思います。
これは日本と比較して、アメリカでは税務調査の頻度が少ないからかもしれません。
(日本ほど無いというだけであって、決してアメリカで税務調査が無いという訳ではありません。)
税務調査の頻度の少なさから、給与計算の誤りが長期間発見されずに蓄積してしまう傾向があります。
この記事では、税務調査に関わらずアメリカでの駐在員向給与計算において、見過ごされがちなリスクについて解説したいと思います。
何が「リスク」となるか?
日本からの駐在員は、一般的にアメリカでの赴任期間中「手取り保障」で給与が支給されています。
また、金銭での給与以外にも、アメリカでの家賃、光熱費、会社支給の自動車等、会社が負担してくれているものもあります。
これらは「現物給与(経済的利益)」として、所得に含め課税を行う必要があります。
更に、「手取り保障」の場合、会社がアメリカの税金も負担することになるのでグロスアップを行う必要があります。
この複雑な駐在員向けの給与計算において、以下のような誤りが散見されます。
日本で支払われる給与が、アメリカの給与計算を通して報告されていない
アメリカで働く駐在員の給与体系として、日本とアメリカの両方で給与を受け取るということが一般的です。
日本で支給される給与に対しても、アメリカの給与計算を通して所得を報告し、税金を払わなければなりません。
しかし、一部在米日系企業では、アメリカの給与計算処理時に日本で支払われる給与を報告せず、駐在員本人の確定申告書を通して日本の給与所得を申告している会社があります。
これは、アメリカの源泉徴収の考え方(Withhold at source)から見ると、原則的な処理とは異なる対応であり、実務上は修正が必要となるケースが大半です。
本来の正しい処理方法は、アメリカ法人の給与計算処理時に日本で支払われる給与を含めて報告し、課税処理を行うことになります。
現物給付が正しく報告されていない
アメリカで働く駐在員に対して、家賃や自動車の補助を行うことが一般的です。
会社が駐在員の代わりに支払いするものは、経済的利益として給与計算を通して所得を報告する必要があります。
一部在米日系企業では、この課税の対象となる経済的利益の整理が行われておらず、課税処理が正しく行われていないことが散見されます。
非常によくある見落としは、赴任時の引っ越し費用です。
引っ越し費用については、以前は課税の対象外でしたが、数年前の税制改正により現在は課税の対象となっています。
実施数は少ないとは言え、税務調査が行われた場合は、必ず指摘されるポイントになります。
これらの誤りは意図的な不正というよりも、日本本社・米国法人・ペイロールプロバイダー・税理士の役割分担の隙間で発生するケースがほとんどです。
リスクが顕在化したときに何が起きるのか?
アメリカでの給与計算において、間違いが発覚し、修正が必要な際は以下のような手続きが必要となります。
これらの修正は税務調査だけでなく、駐在員のビザ申請、帰任後の日本側税務調査、社内監査をきっかけに発覚することも少なくありません。
給与計算の修正処理
仮に税務調査で誤りを指摘された場合、一般的に過去3年分の修正が必要となります。
各3年分の修正作業のために、各年分の正しい課税所得を再計算することになります。
計算後、ペイロールプロバイダーを通して修正作業を行い、各申告書等を修正申告し提出・追徴を納税することになります。
また、追徴にはペナルティが課されるため、追徴納税額に加え更なる支出が発生します。
対象となる駐在員分の修正申告
過去分の給与計算を修正すると、Form W2Cが発行されます。これは日本の源泉徴収票に相当する書類です。
この書類が発行されたら、各対象となる駐在員の過去分確定申告書を修正申告することになります。
修正申告書を作成するにあたり、外部に委託する場合は、会計事務所への申告書作成費用が別途発生することになります。
法人、経営陣への責任追及
調査により、当局が悪質と判断した場合、法人や経営陣への責任追及が行われる可能性もあります。
給与計算の修正によるコスト試算例
駐在員数:年平均10名
課税漏れ金額:一名あたり平均$10,000
平均税率:22%
修正年数:過去3年分
10 assignees * $10,000 * 3 years = $300,000
$300,000 / (1-0.22) * 22% = $84,615
$84,615 * 20% (Penalty) = $16,923
$84,615 + $16,923 = $101,538
修正申告費用
申告書作成平均費用:$1,000
10 assignees * 3 years * $1,000 = $30,000
Total: 101,538 + 30,000 = $131,538
注)上記は手取り保障を前提とし、平均税率・ペナルティを仮定した概算例です。
実際の税率・修正年数・ペナルティは個別事情により異なります。
仮に駐在員が10名いたとして、一人あたり$10,000の課税漏れが発生していた場合、給与計算の修正で約$130,000が発生する可能性があります。
一人あたりの金額は大きくないかもしれませんが、積み重なると非常に大きな金額になる可能性があります。
給与計算に関わる内部統制リスクへの対応
では、給与計算に関わるリスクへはどのように対処するのが良いでしょうか。
在米日系企業の給与計算処理は、アメリカ進出時のプロセスが見直されずにそのままになっていることが多くあります。
確定申告が正しく行われていても、給与計算の誤りがあれば、会社としてのリスクは解消されません。
給与計算の誤りは、経営陣への責任追及のリスクもあります。
アメリカ進出時から給与計算処理がそのままの企業におかれましては、今一度駐在員への支給内容や現物給与の課税処理を見直すことをお勧めいたします。
駐在員の給与計算から確定申告まで、一気通貫での効率的で正しい処理についてご質問がありましたらお気軽にご連絡ください。
