全米(の税金オタク)で話題沸騰中の”Moore v. United States”について

確定申告

現在全米の税金オタクの間で話題沸騰中の”Moore v. United States”について、わかっていることをまとめてみました。

現在最高裁判所で争われている”Moore v. United States”は重要な論点を争っており、判決次第では多くの税法を変えてしまうかもしれません。

ちなみに「全米で話題沸騰」と書きましたが、あくまで税金オタクの間だけですので周りのアメリカ人に「今、Moore v. United Statesが熱いんでしょ!?」と聞いても「????」となるだけなのでやめましょう。

こんなことに夢中になっているのは、私のようなオタク(Tax nerd)だけです。

年末に「判例読めるー!」と喜んでいるのは私だけなはず・・・。

どんな裁判?

この”Moore v. United States”は、ワシントン州にお住いのMooreさん(正確にはMooreさんご夫妻)が$15,130の還付を求めて起こした裁判になります。

語弊を恐れずに言うと、たった”$15,130″の還付を求めて起こした裁判に全米(の税金オタク)が注目している状況となります。

では、一体何がそんなに注目を集める裁判なのでしょうか。

注目される理由

$15,130という税務裁判としてはいささか金額が小さいようにも感じる裁判ですが、注目を浴びる理由は大きく分けて二つあると思います。

他の納税者へのインパクト

今回Mooreさんは$15,130の還付を求めて裁判を起こしていますが、最高裁で違憲と判断された場合アメリカの大手企業は多額の税から逃れることができるようになります。

ある推計によるとApple社は30億ドルの節税になるようです。

Supreme Corporate Tax Giveaway: Who Would Benefit from the Roberts Court Striking Down the Mandatory Repatriation Tax?
The Supreme Court is set to hear what could become one of the most important tax cases in a century. If decided broadly—...

数十億ドルもの節税となると、国際的な企業(特にIT大手や製薬会社)の株価は爆上がりとなると思います。そうなると株式市場は更に盛り上がるでしょうね。

現在検討されている税法への牽制

現在、バイデン大統領や民主党議員から超富裕層への課税が検討されています。彼らが検討しているものはWealth Tax又はBillinoiare Taxと呼ばれ、TeslaやSpace X社の創業者Elon Musk氏やAmazonの創業者Jeff Bezos氏のような超富裕層の資産へ課税を行おうとしています。

彼らは自分が創業した会社の株式を保有していますが、実際に売却し現金化したわけではないので自身の資産に対し税金を払っていません。(というか払う必要がない。)

民主党の方々はこれを不公平だとして、超富裕層の資産に対し課税を行おうと検討しています。

ちなみにMooreさんの裁判を後押ししている保守派の団体がいるようで、徹底的に富裕層への資産課税と戦うつもりの方々がいるそうです。いくつか保守派の方や団体が書いている記事がありましたが、根拠が怪しいのでここでの紹介はやめておきます。

また、民主党系の方々も今回の判決で違憲判決が出ず、最高裁がお墨付きをくれると富裕層への資産課税への道が開けるため注目しているようです。

税金なので当たり前ですが、非常に政治が絡んだものになっています。

実はMooreさんは一審も二審もあっさり敗訴していますが、最高裁は上告を受け付けました。これに対し、税金オタクたちは「なぜ最高裁は上告を受け付けたんだ?」と興奮しています。

あくまで噂ですが、現在保守派の判事が多数を占める最高裁がWelath Taxへの牽制のために受け付けたのではないかと推測されています。

それでは、実際にどのような裁判なのか見てみましょう。

起訴内容

Mooreさんはアメリカのワシントン州にお住いの方で、インドにあるKisanKraft, Ltd社の株主です。2005年に$40,000をこの会社に投資し、11%の株主となりました。

時を経て2017年12月にアメリカで”The Tax Cuts and Jobs Act of 2017″(以下TCJA)が成立し、2018年1月から施行されました。

この法律以前では、アメリカ国外での投資収益がアメリカ国内の株主に還元されない限り課税の対象ではありませんでした。しかし、このTCJAの施行により、アメリカ国外での投資収益も課税の対象となりました。

また、同時に1987年1月1日から2017年12月31日までのアメリカ国外で発生した投資収益に課税されることになりました。(Mandatory Repatriation Tax)

原告のMooreさんは、KisanKraft, Ltd社から2006年から2017年の間に全く配当を受け取っていませんでしたが、TCJAの施行により受け取っていない投資収益に対しMandatory Repatriation Taxとして$15,130を支払いました。

現在Mooreさんは国を相手取り、この$15,130を還付するよう訴えています。では、Mooreさんは何を根拠に国を訴えているのでしょうか。

受け取っていないものへ課税??

アメリカ合衆国の議会が課税を行うことができる根拠として、合衆国憲法修正第16条があります。

この合衆国憲法修正第16条は以下の通り定められています。

「連邦議会は、いかなる源泉から生ずる所得に対しても、各種の間に配分することなく、また国勢調査又は人口算定に準拠することなしに、所得税を賦課徴収する権限を有する。」

(Article 16. The Congress shall have power to lay and collect taxes on incomes, from whatever source derived, without apportionment among the several States, and without regard to any census or enumeration.)

(引用元:https://americancenterjapan.com/aboutusa/laws/2569/)

今回の裁判では、この合衆国憲法修正第16条に記載されている”Income”が未実現の利益(自分の懐に入っていないお金)を含むのか?この未実現の利益に対して議会は課税できるのか?が争われています。

上記の通り、Mooreさんは自身の投資する会社から全く配当を受け取っていませんでした。この自分のお金になっていないものに対しての課税は憲法違反だとして裁判しているということになります。

この”Income”の定義については、約100年前の最高裁判決”Eisner v. Macomber, 252 U.S. 189 (1920)”という判決を基に考えられており、今回違憲判決が出ると2024年に定義が改められるかもしれません。

今後の予想

先日12月5日に最高裁判所にて口頭弁論(Oral Argument)が行われました。

(実際の音声とTranscriptは下記からダウンロードできます。)

https://www.supremecourt.gov/oral_arguments/audio/2023/22-800

各専門家の意見を集約すると、口頭弁論の印象としては憲法解釈までは踏み込まないのではという予想が大半を占めているようです。

やはりここで違憲判決を出してしまうと、現在の各税法や財政への影響が大きすぎるということが懸念されているようです。

(どうでもいい感想ですが、実際の裁判は落ち着いていてドラマとは全く違いますね。当たり前ですが、皆さん冷静に議論されていて素晴らしいなと思ってしまいました。)

まとめ

まだ判決が出ていない状況ですが、非常に興味深い裁判になっていることは間違いないと思います。

ここで違憲判決が出された場合、我々の実務への影響も相当大きなものになるでしょう。

これからもこの裁判については注視していきたいと思います。

Appendix

今回の記事を書くにあたって参考としたサイトを紹介します。

日本経済新聞「米最高裁、富裕税議論に一石か 「含み益」課税巡り審理

米最高裁、富裕税議論に一石か 「含み益」課税巡り審理 - 日本経済新聞
【ワシントン=芦塚智子】米連邦最高裁が審理している含み益への課税の是非を巡る訴訟が注目を集めている。民主党内で浮上している「富裕税構想」に影響を与える可能性があるからだ。最高裁が原告の主張を全面的に認め課税を違憲とする判断を下せば、広範囲の...

Supreme Court of The United States

Charles G. Moore, et us., Petitioners v. United States

Docket for 22-800

What’s at Stake With Moore v. United States: Transcript

What's at Stake With Moore v. United States: Transcript | Tax Notes
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